バンクーバー冬季オリンピック・パラリンピックの開幕を翌年に控えた2009年、開催地のカナダ・ブリティッシュコロンビア州で、あるニュースが発表されました。
主な競技が行われるバンクーバー、ウィスラー、リッチモンドの3か所に、障害のある子どもとない子どもが一緒に遊べるインクルーシブな公園が誕生することになったのです。
資金を寄付したのは、入院する子どもに付き添う家族のための宿泊施設を運営するドナルド・マクドナルド・ハウスや、地元で障害者支援活動を行うリック・ハンセン財団(創設者のRick Hansen氏は車いすマラソンのパラリンピックメダリストで、脊髄損傷研究や障害者スポーツ支援の寄付金を募るため車いすで世界一周を成し遂げた人物でもあります。1985年のスタートから2年2か月を要したそのツアー”Man in Motion”で同氏が車いすをこいで走った距離は4万キロを超え、28億円もの募金が集まりました)などの団体。また、遊び場のコンセプトプランなどをサポートしたのは、アメリカでUD公園づくりを支援するNPO シェーンズ・インスピレーションです。地元の行政や民間企業も様々な形で協働しました。
遊び場は当初、複数の候補地から1か所を選んでつくられる予定だったのですが、より多くの子どもや家族に貢献し、インクルーシブな公園の価値をアピールしようと3か所に分散されたそう。それぞれコンパクトな遊び場にはなりますが、カナダにおけるUD公園づくりを前進させるための一つのアプローチです。
2020年に東京オリンピック・パラリンピックを控えた日本の私たちにも学べるものがあるのでは・・・ということで、バンクーバーとウィスラーの2か所の公園を訪れました! まずは、バンクーバーのキツラノにつくられたインクルーシブな遊び場をご紹介します。
キツラノは、閑静な住宅街におしゃれなカフェやショップが並び、海沿いの公園からはイングリッシュ湾を挟んでダウンタウンや山々を見渡せる美しいエリアです。中でもキツラノビーチパークは、広い砂浜や大きな海水プール、テニスやバスケットボールのコートなども備えた公園。特に夏は日光浴や海水浴を楽しむ家族連れの他、ビーチバレーに興じる若者や芝生広場でヨガをするグループ、海沿いの小道でサイクリングやジョギングをする人などで賑わう人気のスポットです。
訪れたのは八月の平日の午後。たくさんの人が思い思いに過ごす砂浜の手前に、その遊び場はありました。子どもたちの楽しげな歓声があちこちから響いています。
早速、右側の複合遊具から見学していきましょう!
2種類の滑り台を持つ2階建ての複合遊具。 高低差がある地面を一体的につなげることで、ローラー滑り台のある1階部分へは誰もがアクセス可能となっています。
一方、2階のチューブ滑り台へは、デッキの左右にあるほぼ垂直の縄梯子でしか辿りつけないという思い切った(?)構造ですが、ともあれ床面にご注目。
細かい孔がたくさん空いているためビーチの砂や土は下に落ち、床の上はきれいなままです。写真のように幼い子どもが這っても、また障害のある子どもが膝立ちやずり這いで移動しても、汚れたり擦りむいたりすることがありません。水着のまま裸足で遊ぶ子どもも多い海辺の公園では、特に有益ですね。
続いてブランコ。 一般的なブランコ(ベルト型と幼児向けのバケット型の2種類)があるエリアと、皿型ブランコ(別名:鳥の巣ブランコ)のエリアがあり、後者は特に人気です!
寝転んで乗ったり介助者と一緒に乗ったりもできる皿型ブランコは、いまやUD公園の定番遊具の一つ。障害の有無を問わずみんなで乗り方やこぎ方をアレンジしながら楽しめるとあって、なかなか乗り手が途切れません! 2つ並べたのは大正解のようですね。
ブランコエリアの先にあるのは、円錐形の回転遊具。 中段にもネットが張られた2階建てで、側面を覆うネットには、回転盤の出入り口として1か所、大きめの穴が開いています。回転盤の高さは約40センチ。これなら車いすからも比較的移乗しやすく、介助する大人も乗り込みやすいですね。 ネットによじ登ったり、回転盤に寝転んだり、走って回したり・・・幅広い年齢層の子どもがみんなで大はしゃぎ! 柳の大木が涼やかな緑陰をもたらすこの一角は、遊び場で最もにぎやかなエリアでした。
ちなみにこの円錐形回転遊具、最近オーストラリアのUD公園でも見かけましたが、ドイツやベルギーなどヨーロッパを中心とした一般の遊び場によく置かれているものだそう。
一方、かつて日本の公園で見られ、今は危険として撤去が進む鉄製の回転ジャングルジムは、地球儀のような丸い形。重い障害を持つ子どもにとっては眺めることしかできない遊具でしたが、形を変えれば、みんなで空を仰ぎながらグルグル回り、笑い合うことだって可能なんですね。
さて、こちらでは男の子たちが何やら熱心に作業中! 柱のボタンを押すと蛇口から水が出る素朴な水遊び場です。
水の流れが途絶えがちなこの小さな川を、何とか自分たちの力で延ばしたいっ。スコップで細く深い溝をつけたり、バケツに汲んだ水を中流から追加投入したり・・・アイデアを出し合いながら作業は続きます。
そこへ水に興味津々の小さな子たちがやってきました。年上の男の子が、彼女たちのためにも水を出してあげています。
じつはこのボタン、押すのに意外と力が必要です。(男の子たちも思いっきり体重をかけていますよね)
もっと多様な子どもが水遊びを楽しめるようにするには、もう少し水が出やすい水栓にしたり、水を直接地面に落とすのではなく、一旦溜めたり流し落としたりできる簡単なボウルや筧(かけひ)が高い位置にあるとよさそうです。車いすユーザーには地面に溝を掘るなどの作業は難しい場合が多いですが、こうした仕掛けがあることでみんなとの共同作業にも参加しやすくなります。
「自分でできることがある」――。子どもにとっては大きな価値があり、楽しさや喜び、学びや自信にもつながり得る体験です。
さて、とってもシンプルなこの水遊び場ですが、「水」と「砂・土」の両方を楽しめるため、遊びが発展しやすいというメリットがあります。この後、男の子たちはシャベルですくったすり切り一杯分の砂へ慎重に水を加えてセメント状にし、ベチャンッ!と岩に塗る作業に熱中していましたよ。
続いて砂遊び場。 こちらも複合遊具と同じく土地の高低差を利用したつくりです。写真手前の園路側からは、2か所に設けられた砂遊びテーブルにアクセスでき、右端の階段か左の岩場を登れば上段の芝地から砂場の中へ入って遊ぶこともできます。
ところでこのテーブル、右と左で高さが違っているのにお気づきでしょうか。正確にはテーブル下の地面が高いか低いかの違いですが、それが結果的に高さの異なる砂遊びテーブルを提供しています。
特に子どもの車いすユーザーたちは、「手の届きやすい高さ」に大きな幅があります。本人の体格はもとより、腕の可動域や車いすのサイズも影響するためです。自分に合った高さを選んで遊べるのは嬉しいポイントですね。
左の写真は上の芝地側から見た砂場。周りを囲う大きな岩々は、子どもを見守る親たちのベンチにもなっています。
おや、砂場の中の砂がずいぶん減っているようですね。このようにテーブルと一体化させるため砂場自体を高くした場合、テーブル側から砂をどんどん下に落とす楽しみ(!?)も生まれるので、頻繁な砂の補充などの維持管理が重要です。(逆に、砂が上限までたっぷりある状態だと、テーブル側からは遊びやすくなりますが、砂場の中で遊ぶ小さな子どもがそこからうっかり転落しやすくもなります。砂場本体は高くせず、子どもがむやみに上がることのない小ぶりな砂遊びテーブルなどを砂場の一部に設けるという選択肢もあります)
また、上から大量の砂が落とされるともう一つ、下の地面に砂が積もり、アクセシビリティに支障をきたす可能性があります。車いすで砂浜などに乗り入れると、途端に車輪が砂へ埋まり、自分では身動きが取れなくなってしまうものです。
「この砂場も園路まで砂が広がっちゃってるぞ・・・」と懸念していたところ、偶然にも二組の車いすユーザーが通りかかりました。
最初は、散歩を楽しむ高齢女性とその車いすを押す娘さんと思しき女性。続いて膝にたくさんの荷物を載せて一人でビーチへ向かう男性。観察させていただくと、二組ともさほど苦労する様子なく、子どもたちに微笑みかけながら園路を通っていきました。(後ろの男性は、前の方がつけた車いすの轍を何気に辿っているよう。なるほど)
この程度の砂なら一応アクセス可能なのは、下の園路がフカフカの芝やでこぼこの土ではなく、平坦で固いコンクリートであることも関係していそう。
あらためて、この遊び場の地表面材に注目してみましょう。
複合遊具やブランコなどの各固定遊具がある円形スペースにはクッション性を持つ濃褐色のゴムチップ舗装、それらをカーブしながらつなぐ園路には白っぽいコンクリート、その他のエリアには芝や土が使われており、どの境界線にも段差がありません。
アクセシブルな上、素材の特性が活かされた使い分けです。弱視や全盲など視覚に障害のある人にとっても、色や足の感触の違いでエリアを判別しやすいですね。(ちなみにコンクリートの園路は、チョークで楽しい落書きをしたり、ゆっくりスケートボードを練習したりするのにも好都合のよう)
最近の公園には遊び場全面をゴムチップ舗装したものもありますが、均質な地面でゾーニングが不明確な環境では、子どもたちが縦横無尽に走り回りがちです。そうした遊び場は、視覚に障害のある子どもや、歩行が不安定で転びやすい子ども、また発達障害などで人との不意の接触が苦手な子どもなどにとって、遊具間の移動が不安で遊びにくい場合があります。
この遊び場は境界に段差がないので物理的には好き勝手に走り回れるわけですが、観察していると、子どもたちは自然と園路を通って次の遊具へ駆けつけたり、ゴムチップ舗装のエリアに踏み入れる時には、中の遊具や人の動きにちゃんと注意を向けたりしています。
地表面材の効果的な使い分けは、アクセシビリティに加え安全性の向上にも貢献しているんですね。
この遊び場の特徴をもう一つ挙げるとすれば、変化に富む岩や流木、木のベンチがあちこちに配され、広々とした芝生や葉の茂る大木とともに、自然と調和しリラックスできる憩いの場としての雰囲気を高めている点でしょう。
子どもを見守る大人たちも、ベンチや芝生に腰を下ろしゆったりとくつろいでいます。遊び場に隣接する建物には、眺めの良いレストランや売店、もちろんアクセシブルなトイレもあります。こんなビーチパークなら、家族で一日中楽しめそうですね!
ということで、キツラノビーチパークプレイグラウンドのご紹介はここまで。
当初の予定からは遊具の数や規模が縮小されたこともあり、UD公園のモデルケースとして少し物足りなさを感じた市民もいるかもしれませんが、多様なユーザーのニーズを踏まえたさりげない工夫が光る遊び場でした。
確かなのは、この遊び場に、たくさんの子どもと彼らを見守る多様な大人たちの笑顔や笑い声が満ちていたということ。そして、今まで海へ出かけることの少なかった障害のある子どもや親にとって、家族みんなで楽しい夏の思い出をつくれる貴重な場所が一つ提供されたということです。
次回は、美しい山々の麓につくられたユニークな遊び場をウィスラーからリポートします。どうぞお楽しみに。