No.27 自閉スペクトラム症/ASDの子どもと遊び場・アメリカ
サーモン・ベイ・スクールより ユニバーサルデザインの遊び場づくりが進むアメリカ――。
およそ四半世紀の歴史の中で、最初に取り組まれたのは物理的バリアの除去でした。
段差をなくしてスロープを付けたり、地表面材をウッドチップや砂からゴムチップ舗装に替えたり、遊具に手すりやステップ、背もたれを設けたり……まずは車いすユーザーをはじめとする肢体不自由の子どもたちにアクセシビリティを保障することが目標とされました。
その後、より多様なニーズに応える努力が始まります。
障害のある子どもの中には聴覚や視覚に障害を持つ子どもや知的障害、重複障害を持つ子どもも多く、それぞれが従来型の公園で遊びにくさを抱えていること、また公園を単に「アクセシブル(行ける)」「ユーザブル(使える)」にするだけでは、実際に多様な子どもの生き生きとした遊びにはつながらないことがわかってきたためです。
より多くの子どもに豊かな遊びを提供しようと様々な工夫が凝らされるようになり、インクルーシブな遊び場は進化を続けてきました。
さらに近年注目されるようになったのは、発達障害を持つ子どものニーズです。
日本では公立小・中学校の通常学級に在籍する子どもたちの約6.5%が発達障害を持つ可能性があるとされています(平成24年の文部科学省の調査より)。
発達障害はおもに、自閉スペクトラム症を含む「広汎性発達障害」、「学習障害/LD」、「注意欠陥・多動性障害/ADHD」の3つに分類されます(「LITALICO発達ナビ」参照)。
『もしあなたが一人の自閉症の人に会ったことがあるなら、あなたは「一人の」自閉症の人に会ったことがあるだけのこと』
自閉症を持つアメリカの大学教授 Stephen Shore氏の言葉です。障害名だけで人を決めつけたり先入観を持ったりすることは禁物。十人十色、百人いれば百通りの固有な特性があることへの理解が必要です。
自閉スペクトラム症は先天的な脳の機能障害が原因と考えられ、人とのコミュニケーションの困難さや、行動・興味・活動が限定的または反復的といった特性があります。知的障害を伴うかどうか、音声言語を持つかどうかなど人によって症状の違いや度合いの幅が広く、それらは年齢や環境によっても変化し得ます。
かつては区別されていた「自閉症」「アスペルガー症候群」などを一つの連続体(スペクトラム)として捉える新たな考え方により、現在では「自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害/Autism Spectrum Disorder(ASD)」という呼び方が広がりつつあります。
今回は、その自閉スペクトラム症の子どものニーズを踏まえて2012年につくられた遊び場の事例をご紹介します。
場所はシアトル北西にあるサーモン・ベイ・スクール。そう、学校の遊び場です!
日本の小・中学生にあたる子どもたち約600人が通うこの学校。
アスファルト舗装の校庭の一画に、「自閉スペクトラム症の子どもたちにもフレンドリーな遊び環境」が整備されました。予算や建築条件、維持管理面で制約が多い中、一体どんな工夫がされたのでしょう? 夏休みの平日に現地を訪ねてみました。
まずはGoogle Mapの航空写真をどうぞ。
南北に長い学校の敷地の真ん中、校舎とグラウンドの間にある四角い部分(約50×60メートル)がアスファルト舗装の校庭です。このうち南西の1/4ほどのエリアが新たな遊び場として生まれ変わりました。
最も特徴的なのは、遊び場の中央にあるヒトデのような形をした石張りの土塁。 真ん中に植えられたシンボルツリーが心地よい木陰をつくっています。ヒトデの腕にあたる5本の土塁は、この木の根が大きく広がって地面が盛り上がった状態にも見えますね。遊び場の設計者(Johnson and Southerland)は、これを「木の根っこプランター」と名付けています。
この5本の「根っこ」には、遊び場を緩やかに区切る役割があります。 多くの種類の遊びが1箇所に集約され人が縦横無尽に行き交う遊び場は、自閉スペクトラム症など発達障害のある子どもにとって個々の遊び活動に集中しにくい場合があるためです。
根っこで区切られた5つのスペースのうち4つをゴムチップ舗装の遊具エリアとし、それぞれ滑り台、雲梯、スプリング遊具、平行棒の遊具が設置されました。
自閉スペクトラム症を持つ子どもの中には、協調運動や固有覚の働き(筋肉/腱/関節などからの情報を感知し、四肢や体幹などの位置関係を認識したり、力加減をコントロールしたりする)に弱さを持つ子どもがいます。そうした子どもたちのために、登る、ぶら下がる、押す、体を引き上げるなど全身の大きな筋肉を使った様々な粗大運動の機会を提供しようと選ばれた遊具です。その他にも理由が…
例えばシーソーのように揺れ動くスプリング遊具(上の4枚の写真のうち左下)は、リズミカルな繰り返しの動きを好む子どものニーズを考慮。同じ遊具を少し離して2つ設置したのは、自閉スペクトラム症の子どもが他の子どもとつかず離れずの距離感を保ちつつ一緒に遊びやすいようにと考えられたそうです。
この滑り台は、ローラーによる振動が固有覚への感覚刺激になるとして選ばれました。デッキ下のこぢんまりとしたスペースも人気があり、多様な子どもが潜り込んだり、滑り台の裏側から足の裏を当ててローラーをカラカラと回したり、いろいろな楽しみ方がされているそうですよ。
左の角には、頭上の円いハンドルを握って立った姿勢でスピンができる回転遊具も付いています。
また滑り台のデッキの側面には、大きなビー玉がたくさん並んだプレイパネル。 壁をなでるビー玉がゴロゴロ回り、滑らかでぼこぼこした感触と共に音も楽しめます。よく見るとビー玉の一つひとつに向こう側の景色が逆さまに映っているのも面白いですね。
ちなみに遊具エリアのゴムチップ舗装が緑と青に塗り分けられているのは、遊具が動いたり人が出入りしたりするエリアを意識しやすくするため。それらの動きを予測することが難しく、不用意に近づいて人や遊具とぶつかってしまいがちな子どももいます。
また地面や遊具の色は、視覚過敏の子どもにとって過度な刺激にならないよう派手な色使いが避けられています。
「あの遊び、自分も参加しようかな? どうしようかな?」
子どもが実際の遊び活動に飛び込む前に、じっくり様子を見極めてタイミングを計れる場所があると安心ですよね。
公園では遊具エリアに接する園路がその役割を果たす場合がありますが、ここではあの「木の根っこプランター」が活躍! シンボルツリーの周りからは、それぞれの遊具の込み具合や、友だちがどんな遊び方をしているかを落ち着いて観察できます。
それにこの場所は湾曲した「木の根っこ」の上を歩き回ったり、木陰で友達と並んで座りおしゃべりを楽しんだりできる点も魅力で、昼休みの子どもたちの拠り所になっているそうですよ。
見晴らし台&子どもたちの拠り所はもう一つ。
既存のアスファルトのエリアと新しい遊具エリアの境界部分に、2つの段からなる島のようなスペースがありました。ここもステージやごっこ遊びの場として多様な使い方ができそうですね。
さて、「根っこ」が区切る5つのエリアのうちもう1つはというと、両岸に大小の岩を配した小さな川のようになっていました。実際に水は流れていませんが、川底には青い再生ガラスが埋め込まれキラキラと光っています。
かつてはただの平坦なアスファルト舗装だった場所に生み出された自然の景観。川には緩やかなアーチ状の橋もかかっていますね。
よく見ると、橋の前後に青や紫に塗り分けられた道がつながっています。
この道、どこからきているのでしょう?
始まりは…遊び場の隅っこでした! ちょうどごみ箱がかぶっちゃってますが、地面には白いペンキで「0(ゼロ)」と書かれています。
そこから緑・紫・紫・青・紫……くねくねと延びて続く道を辿ってみると、新しい遊び場の外周に沿って進み…
元々あったウッドチップ敷きの遊具エリアをぐるりと回り込み…
フェンス沿いの長~いベンチの前を抜けて…
スタート地点に戻ってきました!
最後はくるりとしっぽを巻いたヘビのようなこの道の全長は約90m! 一つひとつ塗り分けられたマスを使って、友だちと色鬼や「グ・リ・コ」「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」なんて遊びも楽しめそうですね。
自閉スペクトラム症の子どもの中には、大勢の友達との賑やかな遊びより一人や数人でいることを好む子どもが少なくありません。また感情のコントロールが難しい時、目や耳などを通して流れ込む大量の感覚刺激に圧倒されそうな時などに、その場を離れる、囲まれた空間に入る、特定の行動や好きなことに集中するなど、気持ちを静めたり切り替えたりする自分なりの方法を持つ子どももいます。
この遊び場の設計者たちは、特別支援教育の専門家や自閉スペクトラム症の子どもの親たちとの話し合いや調査を通して、そうした子どもたちが気持ちを落ち着ける方法として、穏やかな、また繰り返しのある音や視覚の刺激を受ける、揺れや回転、馴染みのある感触を楽しむ、数を数える、特定のルートを歩く、自然物に触れる、静かで小ぢんまりとしたスペースに入るなどの手段があり得ると知りました。
振り返ってみれば遊び場のあちこちにこれらの要素が織り込まれていましたよね。特性や好みが異なる子どもたちに様々な選択肢が提供されており、3色に塗り分けられたラインに沿って数を数えながら歩けるこの長い道もその一つなのです。
それに発達障害を持つ子どもの中には、数学や芸術など特定の分野に優れた才能を発揮する子どももいます(アインシュタインもそうだったとか)。そこでこの道には数学の得意な子どものためにちょっとした趣向も凝らされていました。
緑・紫・紫・青・紫・青・紫・青・緑・青・紫・青・紫・青・緑…
マスは「奇数が緑、偶数が青、素数が紫」に塗り分けられていたのです! この規則性に気づいた子どもはみんなから尊敬されちゃうかもしれませんね。
また遊び場に設けられたレイズド花壇やピクニックテーブルが、子どもたちに自然の要素と憩いの場を提供していました。昼休みに校舎から飛び出してきた子どもたち、きっと思い思いにこの遊び場を楽しんでいることでしょう。
だだっ広い空間と限られた遊具しかなかった校庭に少しでも質の高い遊び場をつくろうと何度も話し合いが持たれ、保護者や地域住民たちからは改修費用として多くの寄付が寄せられたそうです。
寄付者の名前が刻まれたタイルやプレートの中には、「遊びは子どもたちのお仕事」といったメッセージや、くまのプーさんに出てくるセリフ「昨日はヒストリー(歴史)、明日はミステリー(謎)、でも今日はギフト(贈り物)。だから“今”を“プレゼント(現在)”って呼ぶんだよ」などの言葉が刻まれています。
自閉スペクトラム症の子どもにとって快適で、多彩な遊びに参加でき、緩やかに人とのつながりを築ける環境を目指したこの遊び場は、深い洞察とさりげない工夫を重ねた結果、障害の有無を問わずあらゆる児童生徒たちに大変好評だそうです。
お手本がない。課題や制約が多い。完璧な答えには辿りつけないかもしれない。それでも誰かを置き去りにすることなく、「君たちのためにできることがあるなら、私たちは真剣に取り組む」という学校や地域の大人たちの意思が反映されたこの遊び場は、子どもたちにとって素晴らしい贈り物となっています。
シアトルの学校の小さな遊び場の意義ある挑戦をご紹介しました。