1.「だれもが利用できる」
2.「豊かな遊びがある」
3.「人や地域とゆるやかなつながりがある」
私たちが考えるインクルーシブな遊び場の3つの柱のうち、今回ご紹介する事例は、特に「人や地域とのつながり」が強く感じられる場所です。
その遊び場を訪ねて、サンフランシスコから南へ約140キロ――――。
広大な畑が広がるなだらかな丘を越え、モントレー郡最大の都市サリナスへやってきました。(2019年12月訪問)
こちらがその遊び場「テイタムズ・ガーデン」!
テニスコートや野球場、屋内プールなどを備えたシェアウッド公園の一画に2013年にオープンした「すべての子どものための遊び場 /A Playground for All Children」です。
まずは、この遊び場がどのようにして生まれたのかをお話ししましょう。
テイタムはこの町に暮らすBakker夫妻の3番目のお子さんで、二分脊椎症による車いすユーザーでもある女の子です。
2012年秋のある日、2才になったテイタムと家族は、アイダホ州の祖父母を訪ねる初めての家族旅行に出かけていました。ハイウェイをひた走り、いよいよ目的地が近づいたところでお兄ちゃんがひどい車酔いに…。慌てて高速道路を下り駆け込んだ公園にたまたまあったのが、できて間もないインクルーシブな遊び場でした。
それまでテイタムにとっての公園は、兄姉たちが遊ぶ様子を片隅から眺めるだけの場所でしたが、そこでは電動車いすに乗った女の子が友達と一緒に遊具で生き生きと遊び、笑い合っていることに驚き胸を打たれた夫妻は、「私たちの町にもこんな公園をつくらなきゃ!」と決心します。
さっそくその遊び場を手掛けた事業者を調べ、地元の友人や自治体、関係者たちに熱心に働きかけたところ、翌年の春、サリナス市が公園の駐車場だった敷地の提供を決定。さらに様々な団体や企業、地域住民の間で支援の輪が広がり、100万ドル(当時のレートで約8千万円)を越える建設資金がたった半年ほどで集まったそうです。
その年の12月8日、テイタムズ・ガーデンはモントレー郡で初めてのインクルーシブな遊び場としてオープンを迎えました。
Bakker一家の偶然の出会いと熱意、そしてサリナスの人々のつながりが生んだテイタムズ・ガーデンとは、いったいどんな遊び場でしょうか?
さっそく、中へ入ってみましょう!
遊びエリアへと続くアプローチの壁には、輝く太陽と連なる丘に、広々とした農地――――ここへ来る道中に広がっていた光景そのものが描かれています。
じつはこの遊び場、「世界のサラダボウル」とも呼ばれるサリナスの豊かな農業文化がコンセプトになっているんですよ!
向かいの壁に並ぶのは、色とりどりの野菜や果物のレリーフです。
野菜嫌いの子どもや袋入りのカット野菜しか知らない子どもたちも、この町で育まれる多彩な農作物に興味が沸きそうですね。
レリーフは、視覚に障害のある子どもも触って認知できるよう立体的でリアル。野菜や果物の名前もそれぞれ、凸文字と点字の両方で標記されています。
その足下には、資金集めの際、寄附の手段の一つとして販売されたレンガが敷き詰められていました。
一つ一つに寄付者の名前や思いの込もったメッセージが刻まれています。
訪れる人をサリナスの町や人々が温かく迎えているようなアプローチを進むと、最初に現れたのが、幼い子ども向けのエリア「トット・ロット」。
広いメインエリアとは柵で区切られているので、乳幼児を安全に遊ばせたい親たちや、刺激の少ない環境でゆっくり楽しみたい利用者に好評です。
中に入ると、左側にセンサリーウォールがありました。
流線型の壁の両面に、見たり聞いたり触ったり操作したりする仕掛けが連なっています。様々な感覚刺激を伴う遊びと併せて、つかまり立ちや伝い歩きをしたり、下の穴を潜り抜けたりもできますね。
その奥にあったのは、ラベンダーやローズマリー、ラムズイヤーなどのハーブが植えられたセンサリーガーデン。
花壇は地面より高くなっているので、車いすや歩行器のユーザーもハーブの香りや手触りを楽しみやすく、花壇の縁は子どもを見守る親たちのベンチとしても役立ちます。
その壁に描かれているのは、木の根っこ、ニンジンやカブなどの野菜、それに大きなムカデも! 普段は見えない地中の様子を、タイルや玉石で表現しているのですね。
ガーデンの隣には、四角錐の形をした素朴なクライミング遊具がありました。
幼児向けのためホールドがあるのは低い位置だけで、上まで登ることを意図した遊具ではないようです。
それにしてもこの三角形と食物のモチーフ、どこかで見たような・・?
そう、家庭科などでおなじみのフードピラミッドです!
長年、食生活の乱れからくる子どもの肥満が課題だったアメリカでも、徐々に食育への関心が高まっています。このユニークな遊具は、子どもだけでなく親たちへのメッセージでもありそうですね。
続いては、赤い納屋を模した大きなプレイハウス。
アメリカの農場でよく見かける、ささやかなファーマーズマーケット付きです。
新鮮な野菜や果物を直売するお店屋さんごっこなどを楽しめる他、裏には二連の滑り台もありますよ。
この滑り台へは、幅広で緩やかな階段とスロープからアクセスが可能。
そのスロープルートの先は2つに分かれていて、途中に顔出しパネルやトンネル、飛び石風のキノコを渡るルートなどいろいろな遊びスポットが付随しています。
また赤い納屋の隣には、イチゴや花があしらわれたかわいらしいコテージも。中にはベンチとプレイパネルが設えられていました。
これらのアクセシブルなプレイハウスは、多様な子どもたちの想像力をかき立てごっこ遊びの幅を広げたり、一人で入ってホッと休めるクールダウンスポットになったりします。
ところでこれらの建物、どちらも壁に看板が掛かっていますよね。
じつはそれぞれにスポンサーの名前が入っています。地元の農園や商店、個人や団体などが、大口の寄付者として16の遊びコーナーを支援しているのだそう。遊び場に馴染むさりげない看板から、地域の子どもたちに貢献する人々と、それを称える町の人々の志が感じられます。
また看板こそないものの、他にも小さな遊具やスロープなどに50組近いスポンサーが存在するそうですよ。
さあ、今度は、隣接するメインエリアへ行ってみましょう。
なにしろ遊び要素がたくさんあるので、ここからは「写真多め」「解説少なめ」の駆け足でご紹介します!
まずは、いくつもの滑り台を備えた大きな複合遊具「ブロッコリー・ツリーハウス」から。
広い回廊のようなスロープがつながり、誰もが頂上デッキまでアクセスできるのはもちろん、その途中にも様々なチャレンジレベルの遊び要素があります。
大きなトラクターやキャベツ収穫機を模したプレイデッキの他、農園の美しい風景が描かれたクライミングウォールなど、ここでもこの町らしさがちりばめられていますね!
滑り台や吊り橋などがある頂上デッキは広くゆったりとした空間で、デッキ下も遊び場の一つ。上には、針を動かせる時計などのプレイパネルがあります。
この時計の裏側に刻まれていたのは、手話の指文字です。
ちなみにスロープの上り口には、点字のプレイパネルもありました。
誰もが幼い時から、多様なコミュニケーション手段に親しめる環境が目指されています。
この「ブロッコリー・ツリーハウス」の周りにも、飛び跳ねたり、ぶら下がったり、ロープや一本橋を渡ったりするスポットがいろいろ。
高価な既製遊具とは趣が異なる素朴なつくりですが、雲梯や吊り輪も高さの違う2つが備えられるなど、遊びのタイプや挑戦レベルの選択肢が豊富です。
ザイルクライムや各種ブランコもありますよ。
ちなみにブランコは、最初にご紹介した「トット・ロット」エリアにも、ここより少し低く揺れ幅が小さいタイプが3種類。
これだけたっぷりあれば、誰もが一緒に心ゆくまでブランコを楽しめそうですね。
回転遊具も、1~2人で立って乗るタイプと、座ったり寝転んだりしてみんなで乗るタイプの2種類がありました。
こちらは休憩場所を兼ねた、小さなステージと客席のコーナーです。みんなで集い交流できるスポットは、遠足やイベントの際にも役立ちそう。
その横には、木琴や鉄琴、パイプドラムや箱太鼓などのユニークな音遊びエリアもありますよ。
こちらはミニ迷路のコーナー。
迷路の壁を飾る絵は、鮮やかな色づかいや凹凸で表現された作品が多く、弱視や全盲の子どもたちも楽しみやすいですね。
ちなみに遊び場の各所を彩るこれらの絵は、地元のアーティストたちの協力で描かれたそう。
身体を使った運動遊びだけでなく音楽や芸術も、子どもたちにとっては大切な遊びの要素です。
それぞれの楽しみ方で遊び場を満喫した後は、隣にあるピクニックエリアや芝生広場へどうぞ。
テイタムズ・ガーデンには、インクルーシブな遊び場を求めて遠方から通う親子連れも少なくありません。障害の有無を問わず家族や友達と、おやつやお弁当持参でゆっくり過ごせる施設は嬉しいですね。
さあ、これでテイタムズ・ガーデンを一巡しました!
あらためて見渡すと遊び場の周りはすべて、無数の寄付者の名前が記された看板や柵で囲われていることに気づきます。
驚くほどの早さで完成したこの遊び場の背景には、これほど多くの人の支えがあったのですね。
しかも人々の協力は、資金提供だけに留まりませんでした。
じつは設計や施工を含む「遊び場づくり」そのものにも、地域の子どもや大人たちが参加していたのです!
これは「コミュニティ・ビルド」と呼ばれる手法で、ここを手掛けたLeather’s and Associates は、こうした住民参加の遊び場づくりを全米各地で実践してきた事業者でもあります。一般的なセット売りの鋼製遊具とは違う、手作り感あふれるウッド調の遊具には、創造的で柔軟なデザインを可能にし、一般の人々も建設作業に参加しやすいという利点がありました。
彼らの遊び場づくりのプロセスを少し振り返ってみましょう。
設計段階の2013年5月には、デザインチームがBakkerさんたちと市内7つの小学校を訪れ、子どもたちから夢の公園のアイデアを募ったそう。
「イチゴのコテージ」や「ブロッコリー・ツリーハウス」など、その時に出された子どもたちの意見を反映しながら、多様な利用者のニーズをもとにデザインが練られました。
また施工の段階では、建設工事の最中だった9月6日からの10日間で、住民ボランティアによる作業期間「ビルド・ウィーク」が実施されました。
参加したのは、10代の若者から親世代はもちろん、退職後の高齢者世代を含め、スキルも背景も異なる一般市民が延べ3000人以上! 中には、杖をついた95才のおばあちゃまもいらしたそうですよ。
作業内容は、資材の切断や遊具の組み立て、色塗り、タイル貼り、穴掘り、土や石の運搬、さらに参加者への飲み物や食事の提供など多岐にわたります。もちろん事前の整地や作業の指導、重要な箇所の施工などは専門家が担当しますが、作業自体はなかなか本格的。
実際のビルド・ウィークの様子は、同じ手法でつくられBakker家にもインスピレーションを与えたアイダホの公園「ブルックリンズ・プレイグラウンド」が記録したスライドショーからもうかがえます。
※Brooklyn’s Playgroundのサイトより“Build Week Video”
町ぐるみの特別なイベントに参加する、年齢、性別、障害の有無などが多様な人々の楽しく充実感にあふれた表情が印象的ですね。
アメリカでは「公園づくり=自治体頼み」とは限らず、財団や慈善団体、NPOの支援や住民自身の尽力によるところも大きく、その延長にあるコミュニティ・ビルドの遊び場づくりは、ハリケーンなどの被災地の他、移民や人種の違いなどを背景とした経済的・社会的ひずみを抱える地域でも取り入れられ、多様な住民たち自身による共同作業をきっかけとしたコミュニティの再生にも寄与しています。
ここテイタムズ・ガーデンにも、単なる「子どもの遊び場」という物理的価値以上のものが宿っていました。
多くの人が関わって完成し、全国的にも高い評価を受けている(2014年のNational Jefferson Awardでジャクリーン・ケネディ賞を受賞)この遊び場は町の誇りとなり、毎年行われるクリーンアップ作業の度に、地域住民がボランティアで駆けつけるそうです。
何より多様な子どもや家族にとって、ありのままの自分を迎え入れてくれる場所、そして「子どもたちのために」と喜んで力を貸し合うコミュニティの存在を実感できる場所は、どれほど心強いでしょう。
最後にご紹介するのは、遊び場の前に設置された「リトル・フリー・ライブラリー(小さな図書館)」です。
鳥の巣箱のようなこのケースにはたくさんの本が収められていて、誰でも好きな本を借りて読んだり、みんなに読んでほしい本をここに寄贈したりできます。
この公園で様々な友達と一緒に遊び、育ち合ったテイタムが、今では「スペイン語の絵本をもっと増やした方がいいね」などと言いながら、ここの管理を手伝っているそうですよ。
「すべての子どものための遊び場」テイタムズ・ガーデンは、サリナスの町のみんなが、みんなのためにつくり、みんなで育てているインクルーシブな公園です。
見方を変えればこの公園こそが、インクルーシブな人と社会を育んでいるのかもしれません。
その証拠に、ここを訪れ触発された障害のある子どもの家族がまた別の町で、地域の人々と共に新たなインクルーシブ公園を誕生させています。
サリナスの町に深く根ざしたコミュニティ・ビルドの遊び場、テイタムズ・ガーデンをご紹介しました。